
Sunamoto Fumihiko
砂本 文彦 教授
- 所属
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国際日本学部
歴史民俗学科
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- 専門分野
日本と韓国の近現代都市、建築史
- キーワード
Profile
出身地/広島県
近現代期の日本・韓国/朝鮮の都市と建築から、都市の歴史的な装いの可能性を探る。
歴史的視点から住まいと都市形成の関係を読み解く
私は、住まいと都市形成の関係に注目し、主に近代期の日本と朝鮮半島の都市・建築を対象に研究しています。近代とは、産業化と都市化が急速に進み、人々の暮らしや住まいの形が大きく変わった時代です。この時代に整備された住宅供給の仕組みや都市インフラは、現代社会の基盤となっています。
現代では、個人の価値観やライフスタイルに応じて住まいを自由に選ぶことが可能ですが、こうした選択の自由が社会に定着してから、実はまだ100年も経っていません。江戸期のように住まいの形式が定まっていた時代から、近代を経て今に至る変化を見つめることで、私たちが当たり前と捉える暮らしの姿を相対化することができます。
住宅の在り方や都市構造の変化は、時代の経済や労働環境とも密接に関連しています。例えば、工場周辺に社宅が整備されたり、不動産会社が住宅を商品として流通させたりと、職住近接や職住分離の仕組みが都市デザインに影響を与えてきました。コロナ禍で「住む・働く・学ぶ」場が統合された経験も、住空間の在り方に新たな問いを投げかけています。こうした変化を理解する上で、「歴史」は不可欠な視座だと思っています。
私の研究では、日本の住宅様式が朝鮮半島に及ぼした影響にも注目しています。植民地期には、日本の通気性重視の住宅が朝鮮半島に持ち込まれましたが寒冷な気候には適さず、現地ではしだいに採暖する工夫が加えられました。また、日本の建築様式は植民地主義の象徴であると同時に、近代的な生活欲求の面から部分的に受容されてもいました。こうした文化の交差と変容は、建築を通じて歴史の複雑性を物語っています。
興味深いのは、日本では失われつつある近代建築が、韓国の地方都市では文化財として保存・活用されている点です。韓国国家遺産庁が、かつて日本人が住んでいた長屋や個人邸宅を文化財として保護し、観光資源として整備している事例も多くあります。また、韓国では都市開発と歴史保全を一体的に進める特徴があると思っています。例えば先進的な建築デザインで著名な「東大門デザインプラザ」の開発では同時に発掘調査が行われて、近世や近代の遺構に触れられる歴史公園として造成されソウル城壁の復元も進められましたし、朝鮮王朝の王宮「景福宮」の復元事業も朝鮮時代の都市イメージにソウルの姿を近づけていく歴史的な環境形成に役割を果たしています。つまり、歴史をてこに都市の当たり前の風景は変わりつつあります。
こうした取り組みは、日本にも多くの示唆を与えてくれます。2019年の文化財保護法改正を契機に、日本でも「文化財保存活用計画」の策定が進み、歴史資源を地域の観光や教育、まちづくりに結びつける動きが各地で広がっています。私の故郷・広島県呉市では、戦時下の生活用品や住まいなどに焦点が当てあてられて、地域の物語として再評価が進んでいます。
歴史とは、建築物や戦争の記録だけでなく、暮らしのなかに息づくものです。呉市を舞台にした、こうの史代『この世界の片隅に』が描いたように、生活の息遣いを伴った記憶の継承こそが地域の力になります。
これからの都市デザインにおいては、地域に眠る歴史資源そのものが主役になると考えています。過去を見つめ、今を問い直し、未来を描く。そうした視点を持つことで、持続可能で文化的な都市のかたちが見えてくるはずです。特に歴史や民俗を学ぶ学生たちにとって、これからのまちづくりの現場には大きな活躍の舞台が広がっていると思っています。
文化創生には、日常からの視点の広がりが鍵となる
私が担当する「文化遺産論」や「文化資源論」などの授業では、歴史や文化を単なる“使える資源”として消費的に捉えるのではなく、複眼的・批判的に見つめ直す力を育んでほしいと考えています。
歴史を今の視点から眺めると、「役に立つ」「活用できる」といった軸で評価してしまう傾向があります。しかし、歴史や文化はもっと多様なアプローチが可能だと思っています。例えば、日本では老朽化した建物が「ボロ屋」として取り壊されてしまう一方、韓国の地方都市では、同じような建物が文化財として保存され、観光や学びの資源として活用されているのがその好例でしょう。歴史の比較を通じてこうした差異を見つけ、意味づけできる視野の広さが求められるのです。
歴史民俗学科の学生たちは、豊富な歴史知識を持っている一方で、それが単なる知識競争にとどまってしまうこともあります。しかし大切なのは、その歴史的な知識を文化的な文脈に結びつけて考える力です。
例えば、あるグループワークで「コミックマーケットでは献血をする文化がある」という発言がありました。これはまさに、現代社会における新しい「文化」のかたちです。こうしたまだ意味が積極的に与えられていないカッコつきの「文化」は、後世に歴史的な意義を与えられるかもしれません。事物や現象を見つめるときには視野の広さと同時に、それが文化としてあることに気づく、高い解像度を持った眼差しで見つめることが大事と考えます。
私が考える「文化創生」とは、既存の文化を尊重しつつ、新たな価値を生み出し、社会に発信していく営みです。学生にはぜひ、さまざまな経験を通して「自分の文化的引き出し」を増やしてほしいと思っています。
私自身、大学時代にはたびたび中国を訪れました。現地で過ごすなかで、日本と中国の価値観の違いを実感し、自分が「当たり前」だと思っていたことが、決して普遍ではないことに気づかされました。そうした体験は、異文化理解の第一歩であり、自分自身の文化の再認識にもつながります。文化創生の根幹には、「知識」だけでなく、「観察力」「想像力」「共感力」といった感性が必要です。そして何より、日常のなかに潜む文化的な要素に気づき、歴史的意味を見いだせる視野の広さと高い解像度を持った眼差しが重要になります。

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