お知らせ
2024.12.02
理学部 堀久男教授らの研究グループが難分解性のフッ素樹脂FEPを簡単な方法でフッ化物イオンまで完全に分解することに成功
神奈川大学理学部 堀 久男教授らの研究グループが、フッ素樹脂を簡便かつ環境負荷なくフッ化物イオンまで完全に分解することに成功しました。フッ素樹脂をはじめとする有機フッ素化合物は、優れた耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性を持ち、多くの工業製品に使用されています。しかし、使用後の廃棄処理が困難であり、熱分解には膨大なエネルギーを要することから、ゼロエミッション社会を目指すうえで課題となっていました。本研究で開発された技術により、従来の熱分解を大幅に低温化し、地球温暖化への影響を抑制するだけでなく、再資源化(ケミカルリサイクル)を実現し、廃棄物の極小化の実現に繋がる可能性があります。
本研究成果は、Elsevier社(オランダを本拠とする国際的な学術出版社)が発行する高分子化学の専門誌European Polymer Journal (2023年インパクトファクター: 5.8)の2024年12月11日号に掲載されます(電子版は発行済)。
研究成果のポイント
♦今回の研究の対象としたフッ素樹脂はテトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(略称FEP)。炭素原子が形成する共有結合の中でも最も強い炭素・フッ素結合のみから形成されるもの
♦FEPは安定であるとともに溶融加工ができるため配管、バルブ、タンク類のライニング(基材の内面を厚い膜で覆う表面処理のこと)や電線被覆等に使用されており、フッ素樹脂の中では3番目に生産量が高い
♦フッ素樹脂は熱的、化学的に安定であるため廃棄物の分解処理が難しい。焼却は可能であるが、完全分解には約1000 ℃が必要。高温が必要なだけでなくフッ化水素ガスが発生して焼却炉が劣化する問題がある。また、環境影響が懸念されている低分子量のPFAS類の発生や放出も防がなくてはならない。このため焼却に代わる穏和な条件で分解できる技術の開発が望まれている
♦今回、FEPを水酸化カリウム水溶液と共に密閉容器に入れて360 ℃に加熱すると、FEP中の炭素・フッ素結合が事実上完全に分解してフッ化物イオン(F‒)として水中に回収できることを発見した(F–収率98%)。その際、二酸化炭素はほとんど発生せず、トリフルオロメタン(CHF3、HFC-23)のような温暖化係数が高い有害ガスも発生しなかった。さらに環境影響が問題となっている低分子量のPFAS類も発生しなかった
とにかく簡単。必要なのは水と、どこにでもあるアルカリ試薬、耐圧容器だけです(堀)
研究の背景
フッ素樹脂は耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性、表面特性等の、特異的に優れた性質を「同時に持つ」ため、様々な産業で使用されている。フッ素樹脂は熱的・化学的に安定なため、熱や紫外線、薬品等に耐えなければならない過酷な用途で使用されている。一方でその堅牢性のために廃棄物を分解し、再原料化して循環利用する技術、つまり、リサイクルの技術が確立されていない。有機化合物なので焼却で分解することは可能であるが、炭素・フッ素結合は炭素原子が作る共有結合の中では最強なため、原子レベルまでの分解には相当の高温(~1000 ℃)が必要であるだけでなく、フッ化水素ガスが発生して焼却炉材を劣化させてしまう。このため現在実施されているリサイクル技術は、製造工程で発生する切りくず等を粉砕して他の材料に混ぜることが主流で、しかもそのリサイクル率も、樹脂のリサイクルに最も熱心と思われる欧州でさえ3.4%と非常に低い(注1)。また、全てのフッ素樹脂の原料はフッ化カルシウムの鉱物である蛍石であるが、原料として使用できる高純度品の産出は数ヵ国に偏在し、フッ素樹脂の需要の増加により世界的に入手難な状況が継続している(図1、注2)。このためEUではレアメタルと並んで蛍石を重要原材料(Critical Row Materials, CRMs)に指定して域内生産の増加を図っている(注3)。
研究の成果
本研究ではテトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)を高温・高圧状態の液体の水、すなわち亜臨界水を用いて分解することを検討した。FEPは安定であるとともに溶融加工ができるため配管、バルブ、タンク類のライニング(基材の内面を厚い膜で覆う表面処理のこと)や電線被覆等に使用されており、フッ素樹脂の中では3番目に生産量が高い(注4)。
その結果、FEPを水酸化カリウム(KOH)の水溶液(濃度3.0 M)と共に耐圧容器に入れ、360 ℃で加熱すると、FEPが完全に分解して98%の収率でフッ化物イオン(F‒)が得られることを明らかにした。フッ化物イオンまで分解できれば、既存のプロセスで水酸化カルシウムと反応させて無害でかつフッ素樹脂の原料であるフッ化カルシウムに変換することができる。この反応では、気相中に二酸化炭素はほとんど発生せず、トリフルオロメタン(CHF3、HFC-23)のような温暖化係数が高い有害ガスも発生しなかった。さらに環境影響が問題となっているペルフルオロオクタン酸(PFOA)のような低分子量のPFAS類も発生しなかった。
研究の展開
今回の研究成果により、有機フッ素化合物の持続的利用とサステナブル社会の維持を両立する技術的道筋を示すことができた。本研究で開発された技術は、従来の熱分解を大幅に低温化し、地球温暖化への影響を抑制するだけでなく、再資源化(ケミカルリサイクル)を実現し、廃棄物の極小化の実現に繋がる可能性がある。
掲載論文
【題名】:Hydroxide-ion induced complete mineralization of poly(tetrafluoroethylene-co-hexafluoropropylene) copolymer (FEP) in subcritical water
【著者名】:Hisao Hori, Hisashi Saito, Abdelatif Manseri, Bruno Ameduri
【掲載誌】:European Polymer Journal
【掲載URL】:https://doi.org/10.1016/j.eurpolymj.2024.113575
謝辞
今回の成果は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)の支援を受けて得られたものである。また、試料の入手や解析についてはフランスのInstitut Charles Gerhardt, Univ Montpellier, CNRS, ENSCMのBruno Ameduri博士の協力を得た。
*注1 Conversio Market & Strategy GmbH, Fluoropolymer waste in Europe 2020–End of life (EOL) analysis of fluoropolymer applications, products and associated waste streams, 2020, https://fluoropolymers.eu/wp-content/uploads/2023/10/10.-Fluoropolymer-waste-in-Europe-2020-ProK.pdf (フッ素樹脂や希少金属のリサイクル率のデータを見る際に留意すべきことに廃棄物を外国に輸出する場合、その量をリサイクル率に含めるかどうかがある)
*注2 財務省貿易統計 品目番号2529.22-000より作成
*注3 European Commission, Critical Raw Materials Resilience: Charting a Path towards greater Security and Sustainability, COM (2020) 474 final, https://www.eesc.europa.eu/en/our-work/opinions-information-reports/opinions/critical-raw-materials-resilience-charting-path-towards-greater-security-and-sustainability
*注4 E. Pohjalainen, E. Yli-Rantala, D. Behringer, D. Herzke, S.M. Mudge, M. Beekman, A. de Blaeij, J. Devilee, S. Gabbert, M. van Kuppevelt, M. Zare Jeddi, P. Gabrielsen, X. Trier, Fluorinated polymers in a low carbon, circular and toxic free economy, Eionet Report – ETC/WMGE 2021/9. https://www.eionet.europa.eu/etcs/etc-wmge/products/etc-wmge-reports/fluorinated-polymers-in-a-low-carbon-circular-and-toxic-free-economy2021
問い合わせ先
【報道に関すること】
神奈川大学企画政策部 広報課
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関連リンク
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