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2024.01.17

『ゴールデンカムイ』で注目が集まるアイヌ語の魅力 「アイヌ語I・Ⅱ」開講インタビュー

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明治末期の北海道を舞台に、元兵士やアイヌ民族の少女らが、隠されたアイヌ民族の金塊をめぐって戦いや冒険を繰り広げる漫画『ゴールデンカムイ」。アニメ化や実写映画化もされる人気作品となっており、『ゴールデンカムイ』を通じてアイヌ文化に興味を持った方も多いのではないでしょうか。本学でも、来年度より新たに「アイヌ語Ⅰ・Ⅱ」が開講されることとなりました。今回はアイヌ語を学ぶ魅力を国際日本学部の廣瀬先生に語っていただきました。

――「アイヌ語Ⅰ・Ⅱ」が、2024度より導入されることになったきっかけを教えてください。

国際日本学部が新規開設されて4年目を迎え、現行のカリキュラムを精査し、新たなカリキュラムを準備していました。その過程で、言語系の科目を追加することになったのです。アイヌの少女「アシㇼパ」が活躍するコミックス・アニメ『ゴールデンカムイ』の人気も根強く、2020年には、『ウポポイ(民族共生象徴空間)』というアイヌ文化の復興・発展の拠点施設が北海道の白老町に開業しています。このタイミングを逃してはいけないと思いました。

――なぜ、他の言語ではなく、アイヌ語だったのでしょうか。

言語学が専門の廣瀬富男先生
言語学が専門の廣瀬富男先生

国際日本学部が設定している『教育研究上の目的』は、「多文化共生社会の発展に寄与できる人間の育成を目的とする」という表現で終わっているのですが、アイヌ語は、まさに「多文化共生社会の発展」を標榜する学部に相応しい言語だと考えています。江戸から明治へと移る時代の大きなうねりの中で、アイヌは日本という「国家」に組み込まれました。そのアイヌの歴史や文化を、アイヌ語の学習を通じて理解することは、『目的』達成の一助となるに違いありません。

――アイヌ語は、どのような特徴を持つ言語なのでしょうか。

アイヌ語は、「輯合語(しゅうごうご、polysynthetic language)」と(或いは、別の観点から「抱合語(ほうごうご、incorporating language)」とも)呼ばれる言語の一つで、日本語とも、現在、神奈川大学で教えられている外国語とも、その構造が大きく異なります。輯合語の大きな特徴としては、動詞が表す事象に関わる情報の断片を、動詞自体に「ペタペタと貼り付ける」という点が挙げられます。例えば、アイヌ語で「話す」という動詞の辞書形はitakですが、「~に・と話す」はkoytakで、「互いに・と話す」はukoytak、「~について互いに・と話す」はewkoytak、そして、「私たちが~について互いに・と話す」はc(i)=ewkoytakとなります。ちなみに、c(i)=は「人称接辞(person clitic)」と呼ばれるものですが、これは「聞き手」を含まない「一人称複数主語」を表す「私たち」で、「聞き手」を含む場合は、a=を使って、a=ewkoytakとなります。会話の場面を想像すると、実に理に適った区別ですよね。

それから、先ほど「辞書形」と言いましたが、itakは、「話し手」でも「聞き手」でもない第三者が「話す」という意味も持っています。いわば、発音されない「三人称主語」を表す接辞があるということになりますね。この「ゼロ」の三人称接辞は、印欧語などの人称代名詞とは異なり、(発音されないこともあり)男女の性別を表すこともなく、現代社会の様相を先取りしている形式だとも言えます。

―― ユネスコによると、アイヌ語は、「消滅の危機に瀕した言語(endangered language)」の一つに数えられていると聞きました。そのような日常的には使用されない言語を学習することの意義について、どのようにお考えでしょうか。

この問いには、色々な側面から答えることができると思いますが、反語的な答え方をすると、例えば、「いまでもラテン語は学習されているではないですか」ということになるでしょうか。ご存じの通り、現在、ラテン語を日常言語として使用している言語共同体はありません。でも、ラテン語を知っていると、何かと便利で役に立つ。植物や動物の学名はラテン語ですし、英語の文章の中にも、a prioriやad hocなど、ラテン語表現がよく出てきます。
アイヌ語の場合は、北海道や東北の地名がアイヌ語由来であることが多く、例えば、「札幌」は、sat-poro[-pet]「乾いた・大きい[・川]」がその語源なのだそうです。また、スーパーで買い物をしていて、北海道のブランド米『ゆめぴりか』の「ぴりか」がアイヌ語のpirka「良い」だったり、カルビーのスナック菓子『じゃがポックル』の「ポックル」がpok-kur「~の下・影(人)」だと分かったら、楽しいですよね。さらに、知里幸惠氏の『アイヌ神謡集』で広く知られる「ユカㇻ(yukar)」を始めとするアイヌの文学、そして、そこに体現されているアイヌの自然観や精神世界も、アイヌ語が分かれば、その理解がずっと深まることでしょう。
それで、あくまで個人的な観点から「意義」を述べさせてもらうと、そもそもアイヌ語を学ぶということが—その主体が「アイヌ(aynu)」であれ、「和人(sisam)」であれ—、萱野茂氏の「アイヌの言葉はアイヌ民族の心であって民族存在の証である。その言葉が消え去ることなく継承・発展してほしい」という切実な願いに応えることになる—そう考えています。(引用部分は、『萱野茂のアイヌ語辞典』「はしがき」より)

――最後に、先ほどの質問と関連しますが、アイヌ語やアイヌ文化を学ぶことは、学生の卒業後の進路にどのように役立つとお考えでしょうか。

そうですね、長期的な展望としては、アイヌ語やアイヌ文化の経験を活かして、自治体や公共団体等で行われているアイヌ語の復興、或いはアイヌ文化の振興に関わる事業に携わる卒業生が出てくると嬉しいですね。それから、前出の『ウポポイ』開業の後押しもあるので、ぜひ、観光業界でも活躍してもらいたいと思います。

「アイヌ語Ⅰ・Ⅱ」担当教員より一言

藤田護先生(外国語学部非常勤講師)
藤田護先生(外国語学部非常勤講師)

この科目ではアイヌ語の基礎を扱います。言葉を実際に口に出してみながら、実践的に身につけるとともに、アイヌ語やアイヌ語で語られる物語を通じて、魅力的なアイヌ文化の世界に入っていき、アイヌの人たちにとっての世界の成り立ちについて一緒に考えていきます。日本列島の北側で古くから話されてきたアイヌ語の、「いま」の姿と、アイヌ語をめぐる若い人たちの試みについて知ることは、日本の文化の接触と交流について考える大変良い機会になってくれると思います。ぜひ授業の場でお会いしましょう!

講演会開催のお知らせ

「アイヌ語」開講記念講演会を開催します。

入場無料です。参加ご希望の方は下記リンクよりお申込みください。

2024年2月29日(木)開催

2024年3月14日(木)開催

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