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2022.12.26

避難訓練を実証実験の場に 大学と4人の学生の取組み

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「災害時、人はどう動くのか?」マルチエージェントモデルを活用した避難訓練

 私たちの暮らす日本は地震大国と呼ばれ、(※1)マグニチュード6以上の地震の約2割が日本周辺で発生しているのだそうです。また、2023年は関東大震災から100年目となります。内閣府の調査では、「(※2)マグニチュード7.9と推定される、南関東から東海地域に及ぶ地域に広範な被害が発生した。死者105,385、全潰全焼流出家屋293,387に上り、電気、水道、道路、鉄道等のライフラインにも甚大な被害が発生し、危険物施設においても多くの被害をもたらす」と報告されています。 

これからの日本は超高齢社会を迎え、特に都市部では不特定多数の人々が集まる場所でのイベントなどの安全を担保するかという課題があり、防災対策は避けては通れないテーマとなっています。

 神奈川大学は横浜・湘南ひらつか・みなとみらい各キャンパスで、年2回避難訓練に取り組んでいます。18,000人が通う総合大学として、毎年効果的な避難訓練計画を総務部主導で行っています。今回は昨年行われた学内イベント、第1回「神奈川大学SDGsアワード」において、VRを活用した災害時の避難行動で優秀賞を受賞した工学部情報システム創成学科(2023年度からは情報学部システム数理学科)の秋吉研究室とタッグを組み、11月15日に横浜キャンパスで行われた避難訓練を学生たちの協力のもと実施しました。

この取り組みについて、秋吉先生と秋吉研究室の学生4人に取材しました。

避難訓練を実証実験の場に。学生目線を取り入れた新たしい取組み

質  問:「今回の取り組みは、災害時の避難行動の実証実験を兼ねているということですが、どのような準備をしてこられましたか?」

 

秋吉先生:「実証実験として初めての取り組みになります。(※3)マルチエージェントモデルというのは、計算機の上に構築されるモデルであって、いかに避難時の集団行動や個人のパニック行動が生まれるか、シミュレーションを行ってきました。この研究をはじめたのが5年ほど前。修士の学生、学部の学生が毎年引き継ぎ、今年は4人の学生に卒業研究として取り組んでもらっています」

 

 

質問:「きっかけはなんだったのですか?」

 

秋吉先生:「日本がそもそも自然災害大国であり、都市部の構造が複雑化してくる中で、超高齢社会、都市部の中に高齢者、場合によっては障害者、外国人の方、子供、といった災害弱者といわれる人たちが、避難を適切に行うためにどうしたら良いか。そのためには避難行動というものを分析できるような基盤が必要だと思って始めました」

避難実験=実証実験における学生たちの研究内容

本番前のある日、秋吉先生と学生たちは避難訓練を行う校舎のどこに定点観測用のカメラを置くのが効果的か考えながら、1階から4階まで丁寧に検証していきます。

「滞留が起きることを想定して、カメラの設置場所だけでなく、掲示板を置く場所を検証しよう」

「カメラの設置は感覚的に行うのはダメ。カメラのズームの倍率、高さまでちゃんと決めよう」

「地震が起こった時、まさかエレベーターを使う人はいないと思うけど検証しよう」

避難時、教室から出てきた学生が取るアクションを考えて、サイネージの場所や掲出方法、内容、文字の大きさなど職員一緒と緻密に準備していきます。

 学生たちに個人研究のことを聞いてみると、4人それぞれ研究内容は違うそうで、

「シミュレーション上で災害波及を発生させたうえで、避難完了率がどうなるのかみたいというのが自分の研究です。今回の避難訓練ではシミュレーションと現実世界で、ある場所が通れなくなった、その時にどういう動きをして避難していくのかが今回の研究と狙いです」(安達洸斗さん)

 

「デジタルサイネージが導入され、避難誘導の際も情報伝達に使われるようになってきています。シミュレーションの基盤にそのような情報を取り入れた時の避難者の行動をみてみたいです。今回は看板を設置することで、人がどんな行動をするのかということを再現してみようと思います」(齋藤隼介さん)

 

「避難時の集団行動に着目して研究しています。具体的には集団行動の中で問題のある行動、集団が大きくなった時にどういったことが見られるかの研究です。それを自動で取り出すことで結果的にシミュレーション解釈の効率化を図れるかが目的です。集団が形成される時にどういった動きが見られる、今回の実証実験で明らかにしていきたいと思っています」(藤原寛康さん)

 

「避難が上手くいかなかった時の個人の行動に着目しています。指示を聞かない人もいると思いますし、出口が分からなくなった時、どう動いて良いか分からなくなってしまう人がいると思うので、そのような人の割合や正しく避難できた人との割合などカメラで映して個人の行動を見られたらと思います」(三川峻平さん)

実証実験を終えて

 実証実験が終わった後、学生たちに今回学んだこと、気づきがあったか質問してみたところ、

「『避難がうまくいかなかった人』を個人行動として抽出するプログラミングを作成することにおいて、シミュレーションのログと実際の人間の動きを両方知ることで抽出への新しいアイデアにしていきたい」(三川峻平さん)

 

「出口が災害によって塞がれている想定で避難者の動きを観察することができたので、この結果から新たな気づきを得られ、自身の研究に少しでも反映させていきたい」(安達洸斗さん)と語ってくれました。

秋吉先生に社会実装に向けての展望を尋ねたところ、

「今回の実証実験で集団行動がどういう風に変わっていくか、集団の中の個人、どういう人の行動が避難全体を遅らせているのか。もし分析できるのであれば、それを避難計画の中に、都市計画の中に反映できると思います。社会実装ということであれば、自治体の方や自治体と一緒になって色々なことを企画されるコンサルタントの方にツールを提供していきたいですし、都市計画そのものならば、ゼネコンやディベロッパーの方が設計する際、専門家なので直観的に分かっていらっしゃる、だけどそれを裏付けるデータとしてこのシミュレーションが使われたらと思います。また、運用の段階で自治体の方々が実際の災害時の避難をどうするかといった運用時のツールとして発展させることができたらと考えています」とお話しいただきました。

 

また、具体的なイメージに関する問いには、「フィールドとしては、みなとみらいなんです。地下街があって、観光、ショッピングで大勢の人が来られる、あるいはビジネス出張で来られている。その時災害が起こった時にどうするかということで、想定外のことが起こった時、大丈夫なようにするべきなんです。そういう理由で、みなとみらいを検証フィールドにしたい」とお答えいただきました。

 

 マルチエージェントモデルを活用し人の行動を予測する研究に日々取り組む秋吉研究室の学生たちの力を借り、実証実験の場として今回避難訓練を行った神奈川大学。秋吉研究室の学生たちの学びや気づきはとても大きく、今回の経験は今後の彼らの成長の大きな糧になると考えます。今後も実験を重ね、秋吉研究室の研究が社会実装される日もそう遠くはないと信じています。

(※1)参照 https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai/index.html

(※2)参照 https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai/index.html

(※3)マルチエージェントモデルとは、複数の自律的な振る舞いを行うエージェントどうしが、動作する場を共有し、それぞれの相互作用によって全体としての振る舞いを生み出すものであり、例えば、経済現象、交通流、人流、感染拡大などのように予め振る舞いを想定できない現象に対するモデリング技術です。

取材協力:

秋吉政徳 教授(工学部情報システム創成学科所属)  ※2023年度より、新学部の情報学部システム数理学科所属となります。

秋吉研究室(安達洸斗さん、齋藤隼介さん、藤原寛康さん、三川峻平さん)