2021.3

神大研究者

江上 正 先生

制御がモノをオブジェから
生きものに変える

宇宙エレベーターのクライマーから、手を使わずにコントロールできる車椅子まで、多くの独創的な研究開発が続く研究室。
その主の夢は発明品が世の役に立つことだという。

江上 正 先生

Tadashi Egami

工学部 機械工学科
知能機械学・制御システム、航空宇宙工学
※2021年3月発刊時の取材内容を掲載しております。

Chapter #01宇宙エレベーター競技への挑戦

宇宙エレベーターとは文字通り、地上から宇宙に行くためにロケットの代わりにエレベーターを使うこと。約3万6000km上空の静止衛星から垂らしたテザーと呼ばれる特殊なロープを伝い、クライマー(自走式の昇降機)で昇り降りするというものだ。SFの話ではない。世界中で真剣に研究が行われているテーマなのだ。この宇宙エレベーターのクライマーの競技会がある。もちろん、宇宙までは無理である。数百メートルから1.2キロほどの高さに浮かべた気球から垂らしたテザーを、小型の無人クライマーが昇降する、そのスピードなどを競うのである。実は江上の率いる神大チームは、この競技で優勝経験もある強豪なのだ。

「富士山麓などの野外で競技会や記録会は行われますから、学生たちと合宿生活のようになるんですね。一緒にお風呂に入ったり、飲み会をしたり。準備が間に合わず、学生たちはときに徹夜もする。その過程で深い交流が生まれるんです。いいもんだなあと思いますね」と江上は振り返る。

クライマーはウレタンをかぶせた金属製のローラーでテザーを挟み、ローラーを回転させて昇降する。このローラーの形状をキャタピラ状(クローラという)に変えてみたり、ローラーの数を変えて2 輪や4 輪や6 輪にしてみたり、あるいはウレタンではない素材に変えてみたりとさまざまに試行錯誤を繰り返す。また、空中にあるテザーは風の影響を受けて大きく揺れ動き、それとともに激しく変化するクライマーの姿勢の制御も重要となる。という具合に、単なる昇降ではあるが、非常に多様で困難な課題がつきまとう。
「わたしたちは制御の研究室なので、制御的なものでアピールしたいと常に考えていました。たとえば、テザーが湿るとローラーが滑ってしまいます。だからといって押しつけ圧を高めると、エネルギーロスが大きくなる。そのため、ローラーの押しつけ圧を自動調整する方法を考えましたし、また、空中で回転しないように姿勢制御のためのジャイロユニットの開発などもしました」
それ以外にも数多くの新しい技術がクライマーには詰め込まれている。高さがわずか1メートルほどのクライマーだが、それはいわば機械工学の粋といっても過言ではない。

宇宙エレベーターのクライマー。数多くの形式のうちの一つ。

Chapter #02実用化を目指す数々のプロジェクト

宇宙エレベーターの実用化は NASA やJAXA といった大きな組織が国家的に取り組まなければ実現はないと江上は言う。その点では、いまだ夢物語にすぎない。だが、このクライマーに注がれた熱情は、社会に役立つマシンとして生まれ変わろうとしている。そして、そんな「実用化」こそが機械工学の醍醐味であり、江上がもっとも喜びとするところだという。
「このクライマーの技術を発展させて、いま鉄塔に自力で登っていくことができる工事支援ロボットの開発をしているんです。高圧電線を支える高い送電塔に人間が昇って作業をするのは大きな危険が伴います。ロボットが代わりに行うことができれば、作業員の安全につながります。これはすでに実験においてもスムーズに鉄塔を昇ることに成功していますから、実用化も近いでしょう」

クライマーで培われた技術は、他にも壁面検査ロボットや、高所にモノを運搬するロボットなど、さまざまに実用化がなされようとしている。江上が開発を進めているのはクライマーだけではない。たとえば、体の動きでコントロールする電動車イスもそうである。

「セグウェイはご存じだと思いますが、あのように、体を左右に動かすことで車椅子の動く方向をコントロールするんです。それだと、手を使わずに自由にどこにでも車椅子で出かけることができる。すでに展示会に出品していますが、慣れるとまるで自転車のイメージで運転できます」
あるいはまた、アイリスロボットハンドだ。これはカメラの絞り羽根(これをアイリス機構という)に似た形状のもので、モノを包み込むようにして持つことができる。精密な位置決めが不要であり、安価な製造・運用もできる。

「人間型のロボットハンドをずっと研究していたのですが、複雑になればなるほどモーターの数が増え、故障も多くなるという欠点がありました。そこで発想をまるっきり変えて、アイリス機構を利用してモノを把持するロボットハンドを考え出しました。これだとモーターが一つで済みますし、大きなものから小さなネジ1本まで自在に持つことができる。これも、わたしたちの研究室のオリジナルなんです」
江上は「オリジナル」という言葉に力を入れた。

Chapter #03独創性こそが大事

「世の中に無いようなもの、独創性が何よりも大事だと思っているんです。クライマーも高度な制御系を積んでおり、その点でとてもオリジナリティにあふれています。電動車イスにしても、アイリスロボットハンドにしても、研究中の他のプロジェクトにしてもそうです」と江上は言う。

小さな頃から、将来は発明家になりたいなと思っていたという。大学院までは制御理論が専門だったが、やがて機械工学科に勤務することになり、そこでメカの面白さに惹きつけられた。

カメラの絞り羽根の機構からヒントを得たアイリスロボットハンド。
「最初はかんたんなモーターの回転制御だったのですが、シミュレーションしたとおりの目標値に追従して回転したときにはものすごく感動しました。まるで神になった気持ちでしたよ」と江上は笑う。
モノにシステムを組み込み、それが思い通りに動いた時の楽しさ、喜び。言いかえれば、制御によってモノは単なるオブジェから生きたマシンとなることへの感動。それが江上をとりこにした。

「関心はロボットに向いていきました。そして、どうせやるなら、人間にできないことをする、人間を超えたロボットをつくりたいと思うようになったんですね」学生たちに願うことは、やはり独創性だという。最初はものまねでもいい。だが、それを出発点として、自分のアイデアをプラスして新しいものを生み出していって欲しいという。
江上に夢は何かと聞いたところ、こんな答が返ってきた。
「どんなに小さなものでもいいので、自分が開発したものが世の中に出て、世の中の役に立っているところを見ることですね」

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