2021.03

神大研究者

髙井 典子 先生

観光をとおして
社会と人を見つめる

観光学という新しい学問。
それは単なる旅行業の研究でも
移動の快適さをめぐる研究でもなく
どうやら奥深い人間学のようなのだ。

髙井 典子 先生

Noriko Takai

国際日本学部 国際文化交流学科
観光学
※2021年3月発刊時の取材内容を掲載しております。

Chapter #01「観光」は産業革命が生み出した

観光学──それはいったい、どんな学問なのだろう。
「旅」は大昔からあった。だが、「観光」という現象は近代化とともに現れたと髙井は言う。
「産業革命によって労働と余暇が区別されていきました。都市生活者、工場労働者のいわば時空が変化し、彼らにとって余暇というものが初めて生まれたんです。そこに資本主義の論理が入っていき、余暇が経済の対象となり、観光という産業が生まれました。旅人は消費者となり、観光客となったわけです」

1840年代に創業したイギリスのトーマス・クック社が、現代の旅行産業の出発点とされる。彼らはガイドブックをつくり、顧客の旅程を組み、トラベラーズチェックを発行するなど、旅を商品化していった。

「もともと旅は危険なものと見なされていました。ところが産業化されることによって旅は誰でも行けるものとなりました。19世紀にヨーロッパの婦人が海外旅行をするというのは、とてもすごいことだったんです。そうやって産業化が旅を大衆化し、やがて第二次世界大戦後、本格的なマスツーリズムの時代がやってきました。大量に送客して、いかに大きな利益を出すかが求められ、旅はどれも似たようなものになっていったのです。山奥に行ってもマグロが夕食に出てきたり(笑)」

それに対抗するものとして登場したのがバックパッカーたちで、彼らは観光産業の外部に出ようとした。日本では小田実や沢木耕太郎といった作家やジャーナリストたちがその象徴だ。 そんなふうに、時代を映し出す鏡の一つとして観光があると髙井はこう言う。
「観光学と聞くと、旅行業をどううまく経営するかとか、地域にどうやってお客様にきてもらうかとか、そういうことを研究する学問だと思うかもしれません。そういう面ももちろんあるのですが、わたしにとっての観光学とは、近代以降の社会を見るための視角なんです。マスツーリズムがやってきたあとの世界では、だれもが観光客になり得るのですから」

Chapter #02他者にとっての世界を垣間見る

もちろん、観光学はそれだけではない。
「一昔前なら海外旅行は一生に一度の旅。ところが、いまではコモディティ化して誰でもできるものになっています。それはそれでいいことですが、ただ消費するだけの旅になってしまいがちです。一方では旅によって人生が変わることもあります。日常では出会うことのない風景、人々、食べもの、匂いや湿度。そして、日常では湧き上がることのない類の感情。そんな経験が積み重なっていくうちに、その人に変化をもたらすことがあります」とはいえ、人生を変える旅だけが正しい旅という考えは窮屈すぎると髙井は言う。旅においては何があってもいいと。

「自分だけが変わるのではなく、他者もまた変わる」という視点に立てば、観光の別の大きな意味が見えてくると言うのだ。「観光とは、自分と異なる他者、共有するものが何もないような他者と相対する直接的な体験とも言えます。その時、観光客と観光客を受け入れる側が影響を与え合い、互いが変わるということが起きるかもしれません。思想や考え方で分断されている現代は、急激な変化に対して脆弱な停滞した社会だとも言えます。だから、互いが痛みを伴いながらも変容する社会でないと、世界は閉塞感で息詰まってしまうのではないでしょうか。世界をしなやかで受容的なものにしていく観光の可能性をどうやって引き出して実装していくか、マスツーリズムを経た今だからこそ考えたいと思うんです」
英語の「共感(empathy)」 には、他者の立場から見た時に世界がどう見えるのかを想像する能力という意味があるという。損得勘定なしの想像力はやがて他者を受容する寛容な態度を育むのではないか、そんな「共感」を引き出す可能性を観光は内包するのではないかと髙井は考える。
「留学や駐在など海外での生活は誰もが経験できるとは限りませんが、観光は多くの人に開かれています。たとえ消費としての観光であっても、自分が考えてみることもなかった世界を直接体験し、この人たちから見た世界はこんなふうなのかと気づかせる力がそこにはあるのではないかと思うんです」

街で困っている外国人旅行者を手伝う活動を続ける、若者たちの NPOへの参与観察を髙井は続けている。
これは「ホスト/ゲストの役割流動化」という研究の一環だ。現代ではだれもが観光の場面においてホストでありゲストでありうる。そんな場面において、「共感」の視点を人はどんなふうにして持ちうるのだろうかということを探るのである。「国と国の関係を越えて個人と個人が相対する場の積み重ねに注目することで、観光が持つ社会的意味が切り出されてくるかと。現地の人の視点を借りてみると、世界や日本がそれまでとは異なる姿を見せて迫ってくる、わたし自身もそんな経験に目を開かされました」その「現地」とはイギリスのことである。

イギリス留学中、エジプトはルクソールに旅をし、疲れ果てて地べたに座り込んでいた時に友人が望遠レンズで撮影したもの。初めてのアラブでカルチャーショックを受けたという。

Chapter #03人生を変えた短い一人旅とは

髙井自身、一つの長い旅と、一つの短い旅に人生を変えられたという。長い旅とは、挑戦と挫折の連続であった足かけ10年に及ぶイギリス生活(留学と就労)である。
「3歳の頃から、お菓子を包んだ風呂敷を背負って『旅に出ます』と言ってどっかに行ってしまうって、母がよく言っていました。小学生になると自転車に乗って校区外の探検にしょっちゅう出かけてたし、テレビの『世界の子どもたち』という番組が大好きで必ず見ていました。ずっと旅に憧れていたんです。でも、大学を卒業する時には旅行業界ではなく、商社を就職先に選んだんですね」

ところが、クルーズ船の仕事に関わったことがきっかけで、海外で観光を学びたいという思いが抑えられなくなった。抽選で1 カ月の授業料無料というロンドンの語学学校のキャンペーンに応募すると当選、イギリスへと旅立つ。勉強は1 カ月では足らず、4 カ月に延ばし、週末にはクラスメートたちと各地を旅してまわった。そのうちの一つの短い旅が髙井を研究者へと導いた。そこはイングランドの丘陵地帯にあるコッツウォルズという、中世の面影を残す美しい景観の村々だった。

「ライム色の石の建物が並ぶ『蜂蜜色の村』と呼ばれているところです。一人で行ったんですが、友人たちと一緒にいる時とは、見えるものすべてが違って見えたんです。とても強い感情に揺さぶられたわたしは、必ずまたここに帰って来ようと思っていました」

コッツウォルズでの体験は、旅は人生を変え得るという直感を髙井にもたらした。そして自分が観光という営みにいかに魅せられているかを思い知らせた。同時に、観光客としての自分と産業が入れ子状になっているのが観光の構造でありながら、それでも自由は自分の内側にあるんだと感じた。「コッツウォルズに行かなかったら、たぶん、今の仕事はしていなかったでしょうね」
観光学──それは新しい人間学なのかもしれない。

10年すごしたイギリスでも常に旅をした。自分の人生を変えたというコッツウォルズには、つごう50回は訪れたという。

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