2017.11

神大研究者

横澤 勉 先生

世界で最初であること

新たな発見を目指して熾烈な競争を続ける。
それもまた科学者のもう一つの姿である。
横澤はポリマーの研究において
そんな競争の一つを制した。
それは化学のこれまでの常識を覆すものだった。
真理というゴールを目指す
レーサーのような姿がそこにはあった。

横澤 勉 先生

Tsutomu Yokozawa

工学部 物質生命化学科
高分子合成化学
※2017年11月発刊時の取材内容を掲載しております。

Chapter #01モノマーとポリマー

「順番は大事なんです。やはり一番じゃないと」と横澤が言うのは、科学者の栄誉とは第一に、新たな発見を誰よりも先になした者に与えられるということだ。そして彼自身がその栄誉に浴した者でもあるからだ。

横澤が世界で誰よりも早く見つけ出したこと、それはポリマー(高分子の有機化合物。人工のポリマーにはプラスチックや化学繊維などがある)の新しい作り方である。もう少し正確に言えば、作りたい分子量のポリマーを正確に作れるように、分子の結合のしかたをコントロールする方法を見つけたのだ。
「ポリマーになる小さな分子のことをモノマーと言いますが、このモノマーをたくさんつなげて長くする(ポリマーを作る)ことを重合と言います。このつなげ方(重合)は分子の種類によって大きく逐次重合と連鎖重合の二つに分かれます。逐次重合の中の一つに、モノマーが水やアルコールを外に出すことで結合してポリマーになっていく重縮合(縮合重合とも言う)があります。ナイロンやペットボトルのPETなどがそうですね。もう一つの連鎖重合は、開始剤という触媒を使うことで、モノマーが順番に連結してどんどん長くなっていって、連鎖反応的に重合を起こすものです」

少し乱暴なたとえになるが、一個のLEGOブロックをモノマーとすると、そのブロックが何千個、何万個とつながったものがポリマーだ。

さて、重縮合の場合、結合はランダムに起き、モノマーまかせになる。だから、どのくらいの大きさのポリマーになるのかを精密に制御することができず、さまざまな分子量の不ぞろいなポリマーができてしまう。

一方、連鎖重合をリビング重合という方法でおこなうと、開始剤の量によって、決まった分子量のポリマーを作ることができる。つまり分子量を自在かつ精密に制御できるのだ。
「問題は、重縮合でつながるタイプの分子には、このリビング重合が使えないことなんです。教科書にも『重縮合で分子量は制御できない』と書いてある」

研究室のホワイトボードには複雑な化学式などが雑然と書き連ねられている。

Chapter #02生物の体内でできることをフラスコの中ででも

ところが自然界では異なった。
「タンパク質やDNAは重縮合でできるポリマーなんです。それなのに、きちんと制御されて長さがそろったものができている。生命に不可欠なものだから、不ぞろいではいけないわけです。では、なぜフラスコの中ではできないことが、生物の体の中ではできているのか?私はこの生物で起きていることをフラスコの中でも実現したいと思ったんです」

それができたなら教科書を書き換えることになる。それだけに野心的であり、困難であり、ある意味では無謀でもあった。だが、横澤と研究室の学生たちはコツコツと挑戦を続けた。

20年以上使っているポリマーを精製する装置。分子量の低いものから高いものまで分けて分析をすると、反応の様子が分かってくる。

「重合して成長する高分子の末端にだけモノマーを反応させることができれば、開始剤の量によって長さのそろった分子を作ることができるのはわかっていました。でも、どうやってそれを実現できるのか。さまざまなことを試しましたが、研究を始めて7年ほどは有意義なデータは何も得られませんでした」

やがて横澤は、置換基効果というものを利用した方法を見つける。さっそく、論文にして日本で発表した。実際にその方法でポリマーを作ったわけではなく、机上のモデル実験ではあったが、大きな反響があった。1996年のことだ。
「その結果、何が起きたかというと、私たちと似た研究を始めるライバルたちが出現したわけです。それが私たちをさらに研究に集中させ、スピードを速めることになりました」

1997年8月から1年にわたるアメリカでの研究生活の間も、横澤はファックスと電子メールを通じて神奈川大学の研究室と緊密に連絡を取りあい、挑戦が途切れることはなかった。すると、ある“大御所”が重縮合でのリビング重合に成功したという噂が横澤の耳に入る。学生に報告会に行かせると、どうも事実らしく、「敗北です」という報告が届いた。横澤は愕然とする。
「なぜ私たちは負けたのか。その原因は何か。そして反攻を開始するなら、どこを攻めるべきか。ものすごく集中して考え続けました。それが結果的によかったのかもしれませんね。その後、大御所が成功したというのは誤報だということがわかりました。私たちのほうが先頭を走り続けていたんです」

Chapter #03偶然がもたらした奇跡

ある日、いつものように実験を行い、またしても失敗だと思ってフラスコの中味を捨てようとした学生が、「せっかくだから分子量だけでも測っておこう」と測定をした。すると、いつもは分子量がそろうのが5,000止まりだったのに、なんと分子量が10,000でもきれいにそろっていたのだ。成功したのだ。重縮合でリビング重合が起きたのだ。
「ついにやったぞと、みんなで大喜びしました。偶然に手に入れた成功でしたが、なぜうまくいったのかを理論づけし、必要なデータを実験で得て、満を持してアメリカ化学会で口頭発表しました。ところが、日曜の午後4時ということもあって人も集まらず、あまり注目を浴びることができませんでした。『ネイチャー』からも論文は蹴られてしまったんです」

横澤の研究の核心がよく理解されなかったのだ。だが、『米国化学会誌(JACS)』に投稿すると論文はあっさりと審査をパスした。一躍世界の目が横澤に注がれ、「衝撃的な内容だ」との高い評価が飛び交う。ゴールラインを越えたのだ。2000年のことだった。

横澤の研究は半導体から化学繊維まで、さまざまな新しい素材を作り出す可能性を飛躍的に高めるものであり、実際に有機ELや太陽電池などいろいろな分野での応用が始まっている。「大学で化学を選んだのは、勉強したことが人々の生活に結びつく学問だと思ったからなんです」と横澤は語る。

世界的な評価を得た、2000年に『米国化学会誌(JACS)』に掲載された横澤たちの論文。

子どもの頃は、父親と二人で精密な鉄道模型を作るのが楽しかったという。横澤の心の中の少年には、一両の客車がモノマーに、その客車が何両も何両も連結したのがポリマーに見えているのかもしれない。

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