2015.2

神大研究者

日比野 欣也 先生

ここから私はを見ている

ハッブル宇宙望遠鏡などを通して、私たちは宇宙の遥か遠くに広がる光景を見ることができる。
しかし、見る光の波長を少し変えれば、宇宙は全く別の顔を見せる。
日比野欣也は超高エネルギーの「宇宙線」を観測することで、新しい宇宙の姿に迫る「宇宙線天文学者」だ。

日比野 欣也 先生

Kinya Hibino

工学部物理学教室
チベット高原での超高エネルギー宇宙線の研究
※2015年2月発刊時の取材内容を掲載しております。

Chapter #01雷が語る宇宙の言葉

日比野が立つ、神奈川大学横浜キャンパス6号館の屋上には、宇宙線観測のための「シンチレーション検出器」が並んでいる。これらの幾つかは、雷から放出されるガンマ線も観測できる。
「人体への影響はありませんが、雷からは非常に強いガンマ線が出ています。実はこんな身近な現象からでも、宇宙の謎に迫ることができるのです」と日比野は話す。

宇宙線の正体は、宇宙空間を高エネルギーで飛び交う原子核や素粒子などの粒子だ。ノーベル物理学賞に輝いた物理学者、小柴昌俊(神奈川大学名誉博士・東京大学特別栄誉教授)が世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置「スーパーカミオカンデ」で捉えた素粒子・ニュートリノは私たちの銀河系の伴銀河、大マゼラン雲から届いたものだった。宇宙線は銀河の中心核や超新星爆発などで粒子が加速され、地球に届いていると言われているが、その具体的なメカニズムは宇宙の謎のひとつだという。

「粒子が加速されるメカニズムは様々ですが、たとえば宇宙での “パルサー” のような現象下では、強い電場や磁場で粒子が加速されていると考えられます。しかしパルサーを直接観測するのは困難です。そこで身近な強電場である雷で、どのように粒子が加速され、ガンマ線が放出されているのかを研究することで、宇宙線の起源たる粒子の加速メカニズムを解明しようと考えているのです」。

チベット宇宙線空気シャワー観測装置。シンチレーション検出器を約3.7ヘクタールの広さに約800台配置。

日比野の研究テーマは「宇宙線天文学」。一般的な光や電波ではなく、宇宙線を通して見る天文学だ。
さらに日比野は雷自体が宇宙線によって引き起こされている可能性を指摘する。雷は雲の中で生まれた強電場によって生まれている放電現象だとされているが、そもそも雲の中には雷を生じさせるような絶縁破壊が起こる強電場は存在しないと言われている。では“雷の種”とは何なのか。その仮説のひとつに、宇宙から降り注ぐ宇宙線が引き金になっているという可能性があるのだ。

宇宙線で捉えた月の影。月には磁場がないため、きれいな「影」としてデータに浮かび上がる。

Chapter #02宇宙線で見る太陽

場所はチベットの高度約4,300メートルにあるヤンパーチン高原に移る。日比野はここでも空を見上げる。ここには日中の国際共同研究プロジェクトとして、超高エネルギーガンマ線天体探索などを目的とした宇宙線望遠鏡「チベット宇宙線空気シャワー観測装置」がある。

「空気シャワー」とは、宇宙線によって粒子がシャワー状に地球へと降り注ぐ現象だ。宇宙線が地球大気へ入ると、空気中の酸素分子・窒素分子と反応して原子核を破壊し、多数の二次宇宙線を生成する。これらがさらに周囲の原子核に衝突し、二次宇宙線を増やすということをねずみ算式に繰り返す。こうして膨大な量となった粒子が地球へとシャワーのように降り注ぐのだ。「チベット宇宙線空気シャワー観測装置」では、この空気シャワーを詳細に観測することで、たとえば宇宙線のエネルギーと到来方向を把握することができる。そして、この宇宙線の観測によって、太陽の活動すらも捉えることができるという。

「太陽や月は、銀河系の中心から地球へやってくる宇宙線の観測にとっては邪魔な存在であり、データ上では “影” として検出されます。最近はこの太陽の影から、太陽圏の磁場構造がどうなっているかを調べています」

宇宙線で捉えた太陽の影。磁場の影響により、極小期はくっきり映り、極大期には見えなくなる。

太陽があまり活動していない「極小期」には、宇宙線は太陽によってきれいに遮られてしまうため、太陽の影はくっきりと映しだされる。一方で太陽の活動が活発になる「極大期」、さらに太陽の磁極が入れ替わる時には、磁場の影響によって宇宙線が歪められ、きれいな影が見えなくなる。こうした影の変化から、太陽活動が見えてくるのである。

さらに日比野らは、地球から太陽へ向けて「反粒子」を発射するというシミュレーションを行い、地球と太陽の間の磁場がどのようになっているかを詳細に描き出す。
「私たち人間が、さらに宇宙へと進出した時、つまり地球以外の星へとその歩みを進めるようなことができる未来において、宇宙線の現象に対する知見は非常に有用なものになるでしょう」

日比野の「目」は、宇宙線を通して雷のガンマ線から、太陽の磁場、果ては銀河系外までを見つめる。そしてその視線は、未来へも投げかけられているのだ。

地球に入ってきた宇宙線は空気中の酸素分子等と反応し、約1,000億個ものエネルギーが低いミューオン、ニュートリノ、中性子、ガンマ線、電子・陽電子等となってシャワー状に降り注ぐ。

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