2021.12

神大研究者

灘山 直人 先生

実務的視点と
学術的視点の間で

ふと目にした国別競争力ランキングで
1位の座にあったのはフィンランドだった。
若いビジネスマンは思った、フィンランドに行こう。
そして一人の経営学者が誕生した。

灘山 直人 先生

Naoto Nadayama

経済学部 現代ビジネス学科
国際ビジネス論、組織戦略論
※2021年12月発刊時の取材内容を掲載しております。

Chapter #01仕事に没頭して働いた20代

そもそもはスーパーマーケットの魚売り場から始まった。
「大学を卒業して就職したのがスーパーを経営している企業で、魚売り場に立って魚をさばいては販売していました。そこでマネージャーがやり方を変えて売り上げを伸ばしたりするのを見ては感嘆したり、自分なりにいろんな問題意識のようなものが湧き上がってきたりして、これは企業の経営を改革するという仕事のほうが自分にとって面白いんじゃないかと思ったんです」
1年で退社するとコンサルティング会社に転職、大企業を相手にマーケティングから組織改革、IT戦略までさまざまな提案をしては変革を手伝うという仕事に没頭する。
「刺激的で面白い経験でしたが、土日もなくコンサルティングの仕事に没頭する暮らしでした。それが日本企業の強みで原動力だからと思っていましたが、働き方等に疑問を感じる時もありました」

そんなとき、たまたま世界経済フォーラムの国別競争力レポートを目にする。2005年のことだ。1位はフィンランドだった。

日本はこんなに頑張って働いているのに12位、それなのに1位のフィンランドではみんな夕方5時には帰宅して、夏休みは3週間もある。これはどうしてだろうと疑問に思いました。そのころ、夜間の大学院に通っていたのですが、そこでフィンランドのことをいろいろと調べるうちに、どんどん関心が深まっていきまして、ついに、当時結婚した妻に頼んで新婚旅行の行き先をフィンランドにしてもらったんです」

その目で直に見たフィンランドに灘山はたちまち魅了された。
「ここに住んでみたい。そうすれば何かが変わるんじゃないか。企業戦略や組織変革ということに強い関心がある自分にとって、想像もつかない面白い何かがここにあるんじゃないか。そう思いました。それでフィンランドの大学院に行くことを決めたんです」
8年間勤めた会社を辞めるに際しては周囲に批判もあった。だが、まったく躊躇はなかった。覚悟を決めての留学だった。

Chapter #02フィンランドでの研究生活

研究アイデアやメモ、大事な文献の抜き書きなどが記録されたノート。灘山が10年以上にわたって書きためてきたもので、すでに20冊以上になる。必要があれば読み返し、いまも書き続けている。

ヘルシンキのアアルト大学の大学院で国際ビジネス論の研究を始めるが、もともと研究だけをするつもりはなかった。
「フィンランドの企業で働きたいという思いもあり、すぐにアプローチを始めました。やがて、フィンランドでは企業の改革プロジェクトは大学と連携して行うことが多いことを知り、大学の研究者に対して、企業を巻き込んだ大きなプロジェクトを国の予算で行いたいと提案するやり方に途中から変えたんです」

最初は賛同してくれるフィンランド人研究者が見つからず苦労したが、やがて賛同者も現れ、国の公募に応募し続けた結果、2年目にしてついにプロジェクト受注に成功する。
流通小売企業のイノベーションがテーマで、フィンランドの百貨店、コンビニ、アパレル企業が参加した。大学の研究員という立場でこのプロジェクトでコンサルティングの仕事を続けながら、灘山は博士課程へと進む。外国人に対しても学費は無料というフィンランドの制度にも助けられた。
「そのころヘルシンキにある日系企業の子会社でも働きはじめました。このときに指導教授が、おまえ、そんな面白いことをしているなら、そこで経験したことすべてをドキュメントも含めてデータを取って、それをベースに論文を書いたらどうだと言うんですね。そこから、少しずついろんなことを研究のほうに寄せていきました」

2014年には、指導教授とともに灘山はニュージーランドのオタゴ大学に移る。
「そこで3年、講師をしながら、奨学金もありましたので、それでなんとか食いつなぎながら、研究に没頭しました。仕事の中心軸が学術的な世界へと移っていって、そのころにはもうコンサルティングはしていませんでした」

帰国した灘山は2017年、神奈川大学に赴任する。

Chapter #03経営学は誰のために?

経営学というと、人によっては企業の営利追求を助けるための技術論、組織論という印象があるかもしれない。だが、灘山はこう言う。
「経営学は社会科学の一部です。つまり、社会の中にある仕組み、現象の本質を解き明かしていく学問なんです。文化人類学や言語学にそれぞれの対象があるように、経営学はたまたま企業に対象としてフォーカスしているということなのですね。ただ、その知見を社会科学として位置づけることが大事だという考えと、企業・実務家たちに貢献することが大事だという考えがあり、そのバランスをどう取るかが経営学の難しいところですね」

現代では、学術的な位置づけを重要視する伝統的な立場をモード1、学術研究者と実務者が共同で知識創出を行うことに重きを置く立場をモード2と呼び、問題意識として共有されているという。
「もともとヨーロッパは哲学と科学の伝統があるのでモード1の意識が強いんですが、フィンランドはモード1 とモード2をいかにバランスさせるかということを考えている国なんです。フィンランドはモード2だけでは絶対駄目だと考えてはいても、やっぱり企業に還元していかないと社会はよくならないという考えから、意図的に大学研究者と企業をマッチングさせる仕組みを作っているんですね。
たまたま私はそれを知らないままその仕組みに乗っかることができたんですが、企業の人に貢献をしながら学術研究をするというこのバランスをどうしていくかというのは、とても考えさせられました」

灘山本人は現時点ではモード1の姿勢で研究に邁進する。研究者はモード1に軸足を置き、学術的知識の創出に努めるべきという。
ただひたすら、自らの研究を国際的なレベルへと高め、世界に影響を与えるものへと磨き上げることが目下の使命と考えているのだ。とはいえモード2を否定するわけではない。かつての実務経験は今も研究の糧になっている。実務的視点と学術的視点の間を、これからも行き来していくのだろう。

最後に灘山は、自分がそうであったように、若者には日本で行き詰まったなら海外へ出てみたらいいとこう語る。
「日本はもっと多様であっていいし、みんなが同じように固まる必要もないし、もっと自由さがあっていいんじゃないでしょうか。自分を成長させるということを考えて生きていけばいいし、海外に出ていくことが私のように何かが変わるきっかけになるかもしれません」

ニュージーランドのオタゴ大学にて。書き上げた大部の博士論文を提出する灘山。

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