2021.12

神大研究者

趙 衍剛 先生

安全な建築という
夢を追って

少年のときに中国で体験した大地震。
耐震技術に優れた日本に興味がわいた。
地震に立ち向かえる建築を目指し
リスク評価のモデルの探求に没頭する。

趙 衍剛 先生

Zhao Yangang

工学部 建築学科
耐震工学、構造耐震安全性評価、
リスク管理
※2021年12月発刊時の取材内容を掲載しております。

Chapter #01人間がすることに絶対はない

13歳の頃、故郷の中国で唐山地震を経験した。家は震源地から離れてはいたが、揺れを感じて恐ろしかったという。
「この1976年の唐山地震では24万人以上の人が亡くなりました。当時はまだ中国は建築耐震のレベルが低かったので、レンガ造りの建物が多く、それがたくさん崩壊したのですね。日本は地震国で世界のマグニチュード6.0以上の地震の2割が日本で起きています。中国は日本ほどではありませんが、それでも大きな地震にたびたび襲われている国です。
しかもいったん発生するとその人的被害は日本とくらべるととても大きい。ところが、日本は地震が多いわりには他国とくらべると人的被害が小さく抑えられています。つまり日本の耐震技術は間違いなくとても高いんです」

中国の大学で耐震工学を学んでいた趙が日本にやって来た理由は、その日本の先進的な耐震技術を学ぶためだった。そして気がつけば、もう30年もここ日本で研究者生活を続けている。

耐震技術は大きくハード面とソフト面に分かれるという。建築構造に使用する部材や構造を強靱にするのがハード面だ。一方のソフト面は構造系が持つ不確実性という現象を相手にするものであり、それが趙の専門分野である。
「建物は将来的な環境をいろいろ想定しながら設計されます。でも、いったん完成したあとは、やはり想定した環境と実際の環境の間にはギャップが生まれてしまいます。たとえば材料の劣化であるとか、想定外の荷重とか、施工不良というのもあります。地震もそうですね。そういうものを我々は不確定性要因と呼ぶのですが、いくら頑張って設計しても、ときにそういう不確実な要因によって建物は壊れるのです」

趙によれば、構造系が抱える不確実性によるリスク・ポテンシャルを測定し、安全性を目に見える数値などで評価しようという動きが今の世界的な流れなのだという。「これまでは法律などで決められた個々の許容値を超えなければ安全とする考えでしたが、人間がすることに絶対というものはないのです」

Chapter #02とてつもなく複雑で難しいこと

趙の研究には確率などの数学的要素が大きく関わってくる。それは建築という複雑なシステムが持つリスク、あるいは安全性を、設計者が直観的に理解できる数字などのシンボルで表現することを彼が追い求めているからだ。
「リスク・インフォームド(risk informed)と言うんですが、その建物は完成後、ある一定期間のあいだに破壊する可能性はどれくらいか、破壊したらどれぐらいの社会的なリスクを生じるのか、それらをすべて定量的に把握しながら設計しなければならないという考え方です。これが理想です。私が今力を入れているのが、そういった基礎的な耐震設計のあり方なんです。リスク・ポテンシャルを定量的に把握しながら、いかに構造物の設計をすればよいのか。リスク、つまり不確定性は人間社会にはつきものです。今日は雨が降るだろうかと、天気予報を聞いて洗濯をするかどうか決めますよね。建築の世界も同じなのです」

言いかえれば、その建物の安全性を究極にまで高める設計のしかたを考えるということだが、趙も言うように、それは最初から不確実さという矛盾を抱えている。つまり、予測し得ないことがある以上、絶対はない。だが、どれくらい危険か、逆に言えばどれくらい安全かが客観的にわかれば、人間は備えができる。それこそが今考え得る最高の「安全」ではないかということなのだ。だが、その「安全性をあらかじめ客観的に測定すること」ほど難しいものはないのである。
「たとえば原子力発電所は、50年間の間にその破壊する可能性を100万分の1に収めなければならないという基準になっています。普通の建物の場合は50年間の間の破壊確率が1万分の1以下であればOKということになっています。しかし、その破壊の可能性を調べることは、実はとてつもなく複雑で難しいことなんです」

その「とてつもなく複雑で難しいこと」に挑戦しているのが趙の仕事なのだ。まさに予言者でもなければ不可能なことに思えるような話であるが、たとえば趙は「ばらつき」に着目する。

「全体的にその国の工業のレベルが上がり、品質管理がきちっとなされれば、品質のばらつきは減っていきます。また、できるだけ多くの建物の部分を工場で作り、現場では組み立てるだけにして作業時間を短縮することでも、品質のばらつきは減るでしょう。でも私は、品質のばらつきを減らす方向だけではなく、ばらつきを可能な限り合理的に把握する方向も大事だと考えています。それによってリスクが正しく評価できるようになるからです」

新著の『Structural Reliability:Approaches from Perspectives ofStatistical Moments 』(Wiley-Blackwell)は北京工業大学のZhao-Hui Lu教授との共著。建築物の構造信頼性について革新的なアプローチを提言したと評価されている。

Chapter #03リスクがゼロの建築は不可能

建築の世界は広いと趙は言う。
「たとえば建築の歴史や保存とか、また建築デザインとか。私の専門は構造ですけれども、構造の中には荷重を専門とする先生もいるし、鉄骨構造を専門とする先生もいます。建築材料とか、建築施工とか、実にさまざまな分野があります」

趙が専門とする安全性評価の分野は比較的新しい。
「土木建築にそういう考え方をとり入れたのは、五、六十年前からですね。古いと思われるかもしれないけど新しいんですよ。飛行機の設計の場合はもっと前、1920~1930年頃からで、アメリカで始まりました。私の夢は、建築構造安全性評価において、できるだけ簡単な手法を使って、設計者、あるいは普通の人々に理解できるようなモデルを開発することなんです」

築のデザインをしたいという気持ちはないのかと聞くと、こう答えてくれた。
「若いときは、実務設計もしたいという夢もあったんですが、なぜかな、何か集中しないといけないですから、だんだん、研究ひと筋になってましたね。いまでは、実務設計をしてみたいとはまったく思わなくなりました」

大きな地震があれば常に被災地に赴き、建築物の被害状況を詳細に調査する。日本だけではなく、約7万人が亡くなった2008年の四川地震の際も何回も現地に駆けつけた。趙は言う。
「建築においてリスクがゼロになることはありえません。不可能です」

だからこそ、趙の仕事が大きな意味を持つのである。

2008年、日本で日本建築学会賞を論文部門において受賞。写真はそのトロフィーだ。

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