館内での展示
2012年5月 7日
アメリカの商品カタログに見る大量消費社会の誕生
はじめに
ところで、どのような人々が消費を支えていたのだろうか。合衆国商務省編『アメリカ歴史統計』によれば、1890年に6,200万人であった人口は1920年には1億500万人に達する。人口増加の大きな要因としては移民の存在がある。20世紀初頭まで無制限に受け入れられていた移民にとって、消費文化への同化はアメリカへの同化に等しかった。消費こそがアメリカ的価値であるからだ。消費することができればアメリカ人として平等に扱われるのである。多民族国家アメリカにとって大衆消費社会とは、アメリカという国家を統合するための機能を果たすものであったと論ずる研究者もいる。
職種や居住地域にも注目する必要があるだろう。再び、合衆国商務省編『アメリカ歴史統計』を頼りに1890年の農業人口を調べると、従事者は2500万人で総人口に対する比率は実に42.3%に達する。広い国土で孤立した生活をしていた南部や西部の農村住民の消費を支えていたのは地域に根ざした小売業者(マム・アンド・バップ・ストア)などであった。しかし、人々は限られた品揃えと高価な値段に次第に不満を覚えるようになる。そこで支持を得ていくのが通信販売である。1872年に創設されたモンゴメリー・ウォード社、1886年に創設されたシアーズ・ローバック社がその代表的企業である。両社はシカゴを拠点に中西部から全国の農民を対象に販売を行った。今回の展示では両社のカタログも展示している。当時の消費者は、アメリカで手に入るほとんど全ての種類の製品を満載したカタログを、胸おどらせながらながめていたことだろう。
当時の彼らが置かれた環境に思いをはせながらカタログをご覧いただきたい。展示品はどれも100年近く昔のカタログであるが、現代の私達のライフスタイルや価値観と差ほど変わらないことに驚くだろう。更に、現代でも馴染みのマーケティングの手法の多くが、この時代に確立していたことに気づくことと思う。
参考文献
スーザン・ストラッサー著 ; 川邉信雄訳『欲望を生み出す社会:アメリカ大量消費社会の成立史』東洋経済新報社, 2011.
スチュアート・ユーウェン, エリザベス・ユーウェン著 ;小沢瑞穂訳『欲望と消費:トレンドはいかに形づくられるか』晶文社, 1988.
常松洋著『大衆消費社会の登場』 山川出版社, 1997
常松洋, 松本悠子編『消費とアメリカ社会 : 消費大国の社会史』山川出版社, 2005.
展示の様子
1. モンゴメリ・ウォードが1872年にシカゴで創業したMontgomery Ward & Co.の1921年秋冬号通信販売カタログ。
2. リチャード・シアーズとアルバー・ローバックが1886年に設立した通信販売会社Sears, Roebuck & Co.の1900年のカタログ
3. 展示中のSears, Roebuck & Co.のカタログに挟まれていた送付先指定用紙など。保存状態良好。
4. ページを開けばPRESIDENTのTHEODORE F.MERSELSからのメッセージ。「Our Duty is Please Our Customers…」
5. 魅力的な懐中時計の数々。ちなみに、シアーズは売れ残りの腕時計を通信販売することから商売を始めた。
6. Montgomery Wardの1915年「Parcel post sale」カタログから。着飾ったレディにとって帽子は重要なアイテム。贅を凝らした作りで消費欲をかきたてる。
7. Sears Roebuck&Co.の1902年のカタログより。ショットガンやピストルなどの銃器が家財道具や嗜好品と同様に通信販売されている。
8. 百貨店チェーンであるメーシーズの春夏カタログ1911年版より。一冊の中にはカラーページが数ページある。斬新なデザインは今なお新鮮。
9. 展示コーナー全景
10. 正面パネル展示。大量に溢れるモノモノモノ
11. 1848年にサイラス・マコーミックが創業したMcCormick Harvesting Machine Co.の1889年版カタログの表紙。バッファローが住む土地で開墾が進む。アメリカにフロンティアがあった時代。
12. William Stahl『Spraying fruits how, when, where & why to do it』1890年版。害虫駆除用の噴霧器のカタログ。大変美しく細部にこだわったカラフルなカタログ。縁取りに描かれた虫達がコミカル。カタログに挟まれていたプライスリストも展示。
13. 農機具類のカタログは概して手が込んだ作りである。広い国土に分散して居住していた農村在住者は通販の重要な顧客であった。.
14. IVER JOHNSON SPORTING GOODS CO.の自転車カタログ1909年版『Bicycles.』。自転車の普及は人々の生活様式やファッションにも影響を与えた。
15. Barnes Cycle Co.『Barnes bicycles』1896版カタログ。非常に美しいデザインで表紙はエンボス加工が施されている。1896年には400万人のアメリカ人が自転車に乗り、自転車産業は6000万ドルの大産業となっていた。
16. 『The White Bicycle』の表紙。全ページカラーイラスト入り。乗馬の時代と自転車の時代を対比して見せるイラストの工夫が興味深い。若い女性のスポーティーなファッションも時代を象徴している。
17. Royal Tourist Car Co , の1909版カタログ。イギリスで自動車の普及率が50%に達したのは1970年代中頃であるが、アメリカでは1920年代前半には50%に達していた。
18. The Royal Tourist Model “M” Carのfront viewとside view
19. 子供に大人気のFlexible Flyerの1910年版カタログ。現在でもほぼ当時のままの形態の商品が80ドル程度で販売されている。ロングセラー商品。
20. Flexible Flyerを使って楽しそうに遊ぶ当時の子供達を写した写真。新庄哲夫訳『アメリカの世紀』とカタログ。
21. 『Colt revolvers and automatic pistols.』1927年版カタログ。Coltはサミュエル・コルトの名を取った銃器メーカー。コルトはスミス&ウェッソンとライバル関係にあったが、S&Wに比べて軍用が多く、野性的な作りを特徴とする。
22. Harrington & Richardson Arms Co.は1871年にギルバート・ハリンソンとウィリアム・リチャードソンが創業。ちなみに同年、全米ライフル協会(NRA)がニューヨークで発足している。展示品は『Catalog number seven』(1903年版)。
23. Sears, Roebuck and Co.のカタログ『Spring fatures in mens and boys clothing』(1909年)の“Everybody Pleased”のページ。購入者から送られてきた喜びの声を紹介している。「The suit No.89L1326,you sent me is a perfect fit and entirely satisfactory…」
24. 『Spring fatures in mens and boys clothing』(1909年)のHOW EASY IT IS TO MEASUREのページ。どの順番で寸法を測り、注文したらよいかをFIRST,SECOND,THIRD…で解説している。
25. アルミニウム製の調理器具や生活を豊かにする道具類。Great Northern Manufacturing. Co.『Aluminumware cooking utensils, toilet accessories, …』(1920?)
26. Morgan Woodwork Organization『Building with assurance』1923年版カタログ。一戸建ての住宅に自家用車。理想的な中流家庭像が伺われる資料。
27. The Champion Coated Paper Co.『White Satin enameled book』1912年版。多色刷りでエンボス加工が施された非常に美しいカタログ。当時の印刷技術の粋が極められた出来栄え。
28. The Champion Coated Paper Co.『White Satin enameled book』1912年版の一ページ。汽車を追い抜き疾走する自動車。
展示の目録
展示期間 |
2012年4月1日~9月末 展示期間変更 7月15日終了 |
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会場 |
神奈川大学図書館1階展示コーナー |
お問い合わせ先
お問い合わせ先 |
神奈川大学図書館 |
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電話番号 |
神奈川大学: 045-481-5661(代) |