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一つの目標へ必死にあがいた日々が今の自分の礎に。辻 彌岳さん/株式会社博報堂プロダクツ/神奈川県出身

一つの目標へ必死にあがいた日々が今の自分の礎に。辻 彌岳さん/株式会社博報堂プロダクツ/神奈川県出身

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ひたすら泳いだ大学時代。その経験が力となった。

幼い頃から水泳に打ち込み、水泳選手としての高みを目指していた私。その夢をかなえる舞台として神奈川大学を選びました。入学の決め手となったのは、声をかけてくれた水泳部監督の熱意です。「神大水泳部から全国大会で表彰台に乗る選手、さらには日本代表選手を育てる」という高い志に強く共感し、監督となら必ず自らの目標を達成できると確信したのです。
それからは水泳一色の毎日。どんなことよりも泳ぐことを優先し、死に物狂いで練習をしていました。練習の成果は順調に表れ、大学2年次の全日本インカレでは決勝に進出。大学3年次には副主将となり、今まで以上の結果を求め、より一層練習に打ち込むようになりました。
しかし、全てが順風満帆な競技人生というわけではありませんでした。その頃からタイムは伸び悩み、泳いでも泳いでも、「水に乗れない感覚」が拭えずに一人で悶々と過ごす日々が続き、その年はインカレの出場さえかなわなかったのです。そんなふがいない結果に落ち込む私に喝を入れてくれたのは、やはり監督でした。「言い訳にしているその感覚は、所詮、全国大会出場程度の選手のもの。お前は日本代表選手を目指すんじゃなかったのか」と言われた時にハッと我に返りました。副主将という責任ある立場となったことへのプレッシャーや、目の前の壁を超えたいという思いに固執するあまり、本来の目標を見失っていたのです。プライドが自らの成長を妨げていたことに気が付いてからは、周囲からの助言も積極的に受け入れるよう心がけていきました。すると、着実に調子を取り戻し、自然とタイムも上向きに。自分の意識や行動を改めていけば結果につながることを痛感し、人との向き合い方も大きく変わりました。この経験がなければ、4年次に主将という、水泳部全体のことを考えなければならない責任ある立場を任せてもらえなかったと思います。

スポーツへの思いから、芽生えた新しい夢。

全てを捧げた水泳から身を引き、将来ついて考え始めた頃、友人を通して知ったのが広告業界の仕事です。当時、大学の授業を通して広告への興味は抱いていましたが、人の心を動かし、世の中に影響を与えられる仕事であることを詳しく知るにつれ、徐々に惹かれていきました。中でも魅力的だったのは、「広告」を通してスポーツ文化の振興や、世界的な大会にも関われる可能性があること。これまで競技者として見てきた世界を、別の形で盛り上げていきたい。そんな新たな夢が広がっていきました。
広告業界に狙いを定めて就職活動を進め、内定を得たのが現在勤務する総合制作事業会社です。カタログをはじめとした印刷物の制作からイベント、SNSを駆使したキャンペーンの企画まで、あらゆる領域のプロフェッショナルがそろっているのがこの会社の大きな強み。「何でもできる」からこそ、実現可能な戦略も多彩で、やるべきことは数え切れないほどあります。私の仕事は営業担当として、クライアントが抱える課題を聞き出し、それを解決する企画をまとめ上げること。どんなものを作るのか、企画をゼロから考え抜き、チームの先頭に立って適切なスタッフを編成し、制作チームと協働しながらアイデアを練り上げ、形にしていく。誰かを傷付けるような表現になっていないか、今の時代と価値観が合っているか、あらゆる可能性を考慮し、広告を世の中に送り出す―その全てがクライアントの課題解決につながっています。一つの目標に向かって最大限手を尽くし、考え続ける姿勢は、ひたすら泳いでいた大学時代と通ずるものがあります。広告業界に入って今年で3年目。少しずつですが、自分の力で、世の中に発信したいと思える広告を作れるようになってきた手応えがあります。
今後の目標は、やはり広告業界に興味を持ったきっかけである、スポーツの魅力を伝える広告の制作に携わること。そうした仕事を任せてもらうには、着実な実績の積み重ねが不可欠です。いつか振り返ったとき「成長できた」と納得できる自分であるために、これからも日々の業務の中で努力し続けていきます。

※内容はすべて取材当時のものです。

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