2010年度卒業生の皆様へ
世界へ、そして未来へ 神奈川大学
卒業生答辞
卒業生、修了者数
学部長、研究科委員長
学長からのご挨拶

 皆さんご卒業おめでとうございます。
 各学部を卒業した3,888名の皆さんには学士、大学院博士前期課程を修了した169名の皆さんには修士、博士後期課程を修了した10名の皆さんには博士、専門職学位課程(法科大学院)を修了した21名の皆さんには法務博士の学位が、それぞれ授与されました。また、大学院の課程修了とは別に、本学大学院に論文を提出して博士の学位を授与された方が10名おられます。私は、皆さん方が長年の努力の結果、こうした学位を取得された事に対して、心よりお喜び申し上げます。

 また、長年にわたり皆さんを守り育ててこられましたご家族の皆様、これまでいろいろなご労苦もあったことかと思いますが、今日ここに皆様のご子息、ご息女がめでたく学位を取得されて卒業されることに対して、心よりお祝い申しあげます。
 本年は、本当に残念ながらご家族を含めて一堂に会した、晴れやかな卒業式を挙行することは出来ませんでしたが、いうまでもなく、皆さんが長年の努力の結果としてそれぞれの学位を取得した意義はいささかも変わるものではありませんし、私共の皆さんに対する祝意も同様でございます。

 さて、つい2週間前、3月11日に発生いたしました、東日本大震災は死者・行方不明者が2万5千人を超す(3月24日現在)という戦後・1945年以降の自然災害としては最大の、そして津波だけの被害としては明治以降、最大の被害をもたらしました。またこの地震・津波に伴い発生した福島第一原子力発電所に係る事故も依然として予断を許さない状況が続いています。被災された方々、また避難を余儀なくされている方々に、神奈川大学の全教職員・学生を代表して心よりお見舞い申し上げます。とくに不幸にもお亡くなりになられた方々には心から哀悼の意を表しますとともに、一日も早い立ち直りをお祈り申し上げます。

 本学においても皆さん方を含めて、津波の被害など甚大な被害を蒙った地域に住んでいる在校生は300名にものぼっています。地震発生以来安否確認に全力をあげていますが、いまだ安否の確認ができていない方も数人おられます。また、家が倒壊したり流されたりしたという報告が10数件、家族が行方不明・連絡がとれないという報告も10件ほどあがってきております。また避難所などに身を寄せているという報告が50件ほどございます。

 今後とも、安否確認の完璧を期すると共に、避難先などに身を寄せている学生にたいして、本学の寮などに一時受け入れる用意があることを伝えていますし、また4月からの被災学生へのさまざまな生活支援・修学支援についても特別な措置を取り、万全を期したいと考えております。また避難所・被災地へのボランティアの派遣についても着々と体制を整えつつあります。

 さて、地震発生から2週間たち、ようやく津波による被災地にも不十分ながら物資が届き始め、また僅かながら復興の動きも報道されるようになりました。しかし、それとともに、これまで判らなかった死者・行方不明者が判明しはじめ、毎日千人単位で増えてきております。そしてなによりも、あの震災直後の黒々とした津波が街をなめつくし、破壊し尽くす映像は私たちの記憶に鮮明に残っています。また、福島第一原発の事故も依然として予断を許さない状況が続いています。原発の各号機の建屋が、爆発によって無残に折れ曲がった鉄骨をむき出しにしている様は、まるであの広島の原爆ドームやチェルノブイリ原発を想起させます。さらに、この一両日は野菜や牛乳などの食料品や飲料水等の放射能による汚染、それに伴う出荷制限、摂取制限も行われるようになりました。

 こうして皆さん方は、これからの前途に言い知れぬ不安を抱かれていると思います。しかし、冷静に振りかえってみますと、この不安感は3月11日の東日本大震災によって突如もたらされたものでしょうか。確かに、今回の震災によって新たにもたらされた不安感は大きなものがあるかと思いますが、しかし、その多くは実は皆さんが3月11日以前からもっていた不安感と無関係ではない、共通なものがあるように思います。

 2008年秋のリーマンショック以降の世界的不況、とりわけ日本の経済的不況の中で、大学生の就職状況は超氷河期といわれるほど深刻な状況です。政府の発表によりますと、2月1日現在の就職内定率は77.4%で2年連続過去最低を記録したとあります。しかし、この数字は、抽出調査であるために、必ずしも実態を正確に反映しているものとは言えず、実態はこれよりも10数パーセント低いということが言われています。本学もまだ最終的な確定は出来ておりませんが、3月末段階で就職や大学院進学など進路が確定している人は全卒業生の70数パーセントになるのではないかと推定しております。その意味では全国の状況よりも良い状況、昨年の本学と比較しても同じくらいということですので、厳しい状況の中では健闘しているといってもいい状況ですが、それにしても卒業生の20数パーセント、1000余名の方が、進路が決定しないまま卒業されるという厳しい状況は変わりません。また、例え就職できたとしても3年以内に離職する率は近年、全国的にも3割にものぼるとも言われています。

 昨年、私は卒業式において次のようなことを述べました。
 「皆さん方の現在の不安は、確かに直接的には一昨年のアメリカの金融危機に端を発したものですが、大きくは近代社会、日本で言えば明治維新以来、百数十年の間に造られた様々な仕組みがいま、地球規模で大きく転換を迫られているというところから来ているものです。政治・経済・文化あらゆる側面においてこれまで当たり前だと思われていたこと、常識とされていたことが大きく壊れつつあります。その時代や分野において支配的規範となる物の見方や思想、社会全体の価値観などが劇的に革命的に変化することをパラダイムの転換(パラダイムチェンジ)ともいいますが、今、世界規模で、地球規模でこのパラダイムの転換ともいうべきことが起きているのです。例えば、近代においては資本主義のもとでの大量生産・大量消費が善とされてきましたが、今は、地球環境や人間にかかる負荷を極力抑え、持続可能な(サステナブル)社会への転換が求められています。また、これまで人間を優先して、自然を開発・開拓してきましたが、これからは自然と調和した暮らしが求められていきます。」

 「このようにこれまで当たり前のことのように行われてきたことが、今、大きく転換を迫られているということです。今までの常識や規範に頼る事は出来ない、しかしまた今までの常識や規範に変わる新しい常識・規範も生まれていない。何が正しいのか、何が良いのか、自分で判断しなくてはならないということです。今、皆さん方が漠然として感じている不安感の根源はここにあるのです。」

 たしかに、今回の未曾有の自然災害、津波を含む震災そのものは100年に一度の偶然的な自然災害かも知れません。しかし、私は、それに目を奪われて、こうした不安の根元、危機の根元を見失ってはならないと考えています。例えば、今回の震災を契機に東京電力管内では「計画停電」、「輪番停電」ということが行われています。そこで私たちが改めて気づいたのは、都市部を中心に、私たちが昼と夜の区別が付かないような生活をいかにあたり前のように送ってきたかということです。また屋内では平気で暖房を利かせ、冬場にもかかわらず上着を脱いで仕事や生活をしてきたかということです。私たちはそうした「快適さ」を追及するためにあまりにも安易に電力を消費してきたのではないでしょうか。また、その電力をまかなうためにあまりにも安易に原子力発電に頼ってきたのではないでしょうか。私たちがこれまで何の疑いもなく求めてきた、この「快適さ」の質が今問い直されているのではないでしょうか。

 また、先日、NHKテレビの「クローズアップ現代」をたまたまみる機会がございました。いわゆる「非婚の時代」の結婚斡旋業のことが話題になっていましたが、今日多くの未婚の女性が、相手の男性に求める一番の条件は、高収入、すなわち自分(女性)が働かなくても暮らしが出来るということが条件だそうです。その背景には女性の労働環境の厳しさ、子育てしながら働き続ける環境の未整備という背景があるのですが、そうした条件を満たす男性は極めて一部に限られており、しかもその限られた一部の男性でさえ将来は保証されていない、したがってそれに固執する限り「非婚の時代」は終わらないだろうということでした。そしてまた、これからの日本の社会は男が働き、稼いで、女性が家事・育児をするという従来の価値観を転換し、男性も女性も働きながら共に家庭にも責任を持つという新しい価値観を定着させなければ、またそれが出来るような環境を整備しなければ、家庭も会社も、社会も成り立っていかないだろうということでした。私も、こうした意見に同意するものです。

 本学の大学資料編纂室に調べてもらいましたが、神奈川大学83年の歴史の中で、卒業式が中止になったのは、敗戦直後、横浜専門学校時代の1945年の9月卒業式(当時は9月卒業)の1回だけであるということです。今回の中止で、皆さん方はその2回目の卒業生になったわけです。戦争中、とりわけ敗戦1年前・1944年のいわば「非常時」にあっても卒業式が行われていたということは、いかに卒業式というものが大学にとって大事な行事であったかをあらためて示し、それだけに今回卒業式を行い得なかったことは誠に痛恨の極みです。しかし、ここで私が強調したいのは、その敗戦直後、卒業式を行えなかった皆さん方の先輩たちが先頭に立って、戦前の日本社会とは異なる、戦後の平和・民主主義という新しい価値観を苦闘しながら築きあげて、今日の日本の「豊かな」社会を築き上げてきたということです。そして、今日、その先輩たちが築きあげてきた戦後の価値観、社会が多くの矛盾・軋みをみせている今、是非、皆さんが、神奈川大学の歴史の中で2回目の、卒業式を行い得なかった皆さんが、先輩たちがそうであったように、先輩たちが築き揚げた古い戦後の価値観、社会に変わる、新しい価値観、新しい社会をつくりあげるために、奮闘して欲しいということです。

 皆様方のご健勝とご多幸を心より祈念して、卒業・修了にあたっての挨拶に代えさせていただきます。

2011年3月25日

神奈川大学 学長   中島 三千男