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BSAP/留学体験談(マレーシア)

学ぶのではなく、学びにいく

高松 世奈
経営学部 国際経営学科2年

研修先:エイムスト大学(マレーシア)
時期:2015年4月~2016年4月


『学ぶのではなく、学びにいく』その姿勢の大切さを学んだ1年間だったと、マレーシアでの1年間の留学生活を終えた今、言うことができる。

日本で生活をしていると当然のことだが、自分の周囲には日本語を話す日本人しかいない。だからこそ、時々見かける外国人がとても目立つし、ましてや日本で留学や仕事をしている外国人には特別な視線が向けられる。「大丈夫だろうか?」、「日本語をきちんと理解できているのだろうか?」例え自分が彼らの友人ではなかったとしても、心配し見守るような気持ちになり、必要そうであれば声をかけるといったことも、ここ日本では容易に起こることであり、実際にわたしもそういった状況を何度も見かけたことがある。しかし、多民族国家であるマレーシアではそうはいかない。自分とは異なる言語を話し、異なる宗教を信仰し、異なる文化を持つ人々と生活を織りなしていくことが日常である彼らには、そもそも『外国人』という観念がさほど無い。『ただ異なる言語を話す人』なのである。そのため、例えわたしが何か分からず、ただ呆然と立っているような状況にいたとしても、心配そうに様子を伺ってくる人や、声をかけてくる人はそういない。むしろ「分からないなら、なぜ聞きに来ない?」それが彼らの基本的な考え方である。これは決して、マレーシア人が不親切であるとか、優しくないといったことを表現しているのではない。何事においても『自分から動いてみる』ことの大切さを表しているのだ。

日本の素晴らしいところは、礼儀正しく、他人にも配慮や優しさを持ち合わせているところだと思う。ただ一方でそれは、『受け身になりがちな日本人』に拍車をかける材料でもある。知らず知らずのうちに自分はまさにそのような人間になっていたのだと留学をして気がついた。AIMSTでの授業でも座って静かに聴いているだけ。分からないことがあっても、後の授業で補うことができるだろうと思い、先生に質問しにいくことはなかった。だが周りの生徒はどうか?現地の学生は授業を止めてでも質問をする。学ぶのではなく、学びにいく姿勢がそこにはあった。

ただ単に『英語を習得するための留学』ではなく、『英語で経営学を学ぶための留学』であるBSAP。つまりそれは、英語はあくまでもひとつのツールで、さらにその先の学習や経験を重ねることができること意味している。マレーシアには多くの民族が共存している。そんな彼らが互いに意思疎通を図るために用いられている言語、それが英語である。つまり彼らにとっても、わたしにとっても英語は第一言語ではなく、互いに欠けていることもある。だからこそ会話の中で、互いに相手の状況や感情をくみ取って、より分かりやすく伝える努力や、聴く姿勢が必要になる。正確な単語や文法ではなく、相手にとって理解しやすい表現を同時に2,3個頭に浮かべられるような、そんな英語力を身につけられる留学がBSAPだとわたしは思う。そして何よりも、そうした英語こそが今の、そしてこれからの世界で求められているものであり、またコミュニケーション能力だと確信する。

簡単に言ってしまえば、英語圏でする留学とはまた少し違った経験や能力が身につけられる留学、それがBSAPでできることだと思う。普段の自分たちとは全く異なる環境に身を置くことで、英語を学ぶことはもちろん、それ以上に貴重な経験を得ることができる。だからこそ1年間のマレーシアでの留学生活を終えた今、この機会を与えてくださった先生方や家族、また現地で支えてくれたAIMST大学の関係者・友達、全員に感謝を伝えたい。そして何よりも、日本に帰ってきたことで留学を終わりにするのではなく、これからの自分にとっての新たなスタートやきっかけとなるようにこの経験を活かしていきたい。

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