大学の沿革
-神奈川大学80年の歩み-
六角橋移転時の横浜専門学校正門(1930年代)
勤労奉仕で学校のグラウンド建設に取り組む学生たち(1940年代)
戦後のキャンパス風景(1950年代)
完成したばかりの10号館学生食堂(1960年代)
ゼミナールで古文書を読む学生 (1970年代)
新図書館の完成(1980年)
現在の附属中・高等学校
現在の湘南ひらつかキャンパス
現在の横浜キャンパス
神奈川大学の歩みは、創立者・米田吉盛が弱冠29歳の1928(昭和3)年に、横浜で働く勤労青年の旺盛な勉学需要に応えるために発足させた横浜学院に始まります。
米田は中央大学専門部を卒業後、一度は憲法の研究を志したものの、関東大震災、慢性的な不況、国際緊張、そのもとでの左右の思想的激突といった当時の社会状況を目の当たりにし、研究よりも教育の道に強い使命感を抱きました。騒然とした社会状況の安定には、「中正堅実」な青年、自立した教養ある社会人を世の中に送り出すことが必要であると。そのような思いから米田は、向学心のある学生に対し積極的に学習機会を提供できるよう、横浜学院を創設、草創期から地方入学試験や給費生制度、市民対象の公開講座を実施しました。
米田の確固たる教育理念は、創立80周年を迎えた今日まで受け継がれ、実社会で貢献できる優れた人材を育んでいます。
創立者 米田吉盛プロフィール

1898(明治31)年 愛媛県喜多郡満穂村(現・内子町)に生まれる
1926(大正15)年 中央大学専門部法学科卒業
1928(昭和 3)年 横浜学院創立
1942(昭和17)年 衆議院議員(愛媛第一区)当選
1949(昭和24)年 神奈川大学学長に就任
1951(昭和26)年 学校法人神奈川大学理事長に就任
1978(昭和53)年 神奈川大学名誉理事長に就任
1979(昭和54)年 内子町名誉町民となる
1987(昭和62)年 永眠(88歳)
沿革
1928(昭和 3)年 米田吉盛が「横浜学院」を創設(旧横浜市中区桜木町)
1929(昭和 4)年 専門学校令により「横浜専門学校」設置
1930(昭和 5)年 六角橋にキャンパスを移転、横浜キャンパス開設(5月15日 創立記念日)
1933(昭和 8)年 「給費生制度」創設、全国主要都市で給費生試験を実施
1949(昭和24)年 学制改革により「神奈川大学」設置
1950(昭和25)年 神奈川大学短期大学部を設置
1967(昭和42)年 神奈川大学大学院を設置
1985(昭和60)年 神奈川大学附属中学校・高等学校開校 中山キャンパス開設
1989(平成元) 年 平塚キャンパス開設(2001年に湘南ひらつかキャンパスに名称変更)
1998(平成10)年 横浜キャンパス再開発開始(2002年終了)
2002(平成14)年 神奈川大学短期大学部廃止
2004(平成16)年 専門職大学院法務研究科(法科大学院)設置
2004(平成16)年 みなとみらいエクステンションセンター(KUポートスクエア)開設
2008(平成20)年 創立80周年
[神奈川大学資料編纂室特設サイト]

